歴史History

創業は大正15年(1926年)。
納豆づくりに始まり、大豆加工品へと
商品分野を広げてきた100年の歩みは、
美味しい食品づくりへの想いを貫いた歴史でした。

始まりは、
小さな納豆屋さんから Prologue

富岡食品の長い歴史は、町の小さな納豆屋さんから始まりました。
当時の納豆は、稲わらに付いた天然の納豆菌を利用したわら納豆。
創業者は、季節や天気の影響を考えながら丁寧に発酵させた納豆を背負いかごに入れ、
深谷の町で引き売りしてお得意様を増やしていきました。

大正15年
大正15年4月
(1926年)
初代冨岡信が埼玉県深谷市大字田谷で
富岡納豆製造所を開業
昭和元年
昭和32年4月
(1957年)
二代目 冨岡増造が社長就任

2代目の納豆と同じ原料を使用した豆腐をつくってみたいという想いから豆腐製造を開始する。

昭和43年11月
(1968年)
豆腐製造を開始

初代から受け継いだ美味しい納豆づくりに励む中、「同じ原料を使用した豆腐をつくってみたい」と新たに製造を開始。厳選した大豆を使った木綿豆腐、絹ごし豆腐のほか、胡麻を使った変わり豆腐も手がけました。

昭和47年11月
(1972年)
株式会社富岡食品に改組

日本人の食卓に欠かせない納豆、豆腐の製造で順調に売り上げを伸ばしました。

昭和51年3月
(1976年)
三代目 冨岡セキが社長就任

冨岡セキは、後に富岡食品が直営する「いなり本舗」の富ばあちゃんのモデルとなった人物。現五代目社長は、おばあちゃんのセキがつくってくれた味が忘れられず、いなり寿司専門店を開業したといいます。

昭和52年
(1977年)
外販に売り込み開始

販路を広げるため、新たに営業部門を設け、小売業界に売り込みを開始。半年後には地元大手スーパーとのお取引が始まり、より多くのお客様に富岡食品の味を楽しんでいただけるようになりました。

昭和53年4月
(1978年)
新工場設立

お取引先が広がり、受注が増大したことから新工場(東方工場)を設立し、生産能力を増強しました。

昭和58年4月
(1983年)
四代目 冨岡守が社長就任

四代目守は、「味付け油揚(いなり寿司の皮)をつくりたい」という想いから、味付け油揚の製造をスタート。砂糖、みりん、醤油で調味した自家製ダレが染み込むようにと、油揚の製法から改良しました。

平成元年
平成4年4月
(1992年)
味付け油揚専用工場を新設

いなり皮の需要拡大を受けて、味付け油揚専用工場(第2工場)を新設しました。

平成11年11月
(1999年)
油揚生産自動ラインを導入

豆乳製造から油揚まで連続で自動生産できる大型油揚製造プラントが完成。近代的設備による油揚の量産体制が実現しました。

平成15年9月
(2003年)
がんもどき専用量産ラインを構築

第3工場を設立し、がんもどき専用の量産ラインを構築。豆腐生地に細かく刻んだ野菜や海藻を加えて製造するがんもどきは、ヘルシーで栄養価も高い大豆加工品。そんな食品を多くの人に食べていただきたいと考えていました。

平成20年3月
(2008年)
栃木県佐野工場設立
平成20年7月
(2008年)
五代目 冨岡宏臣就任
平成26年
(2014年)
納豆・生豆腐の自社製造終了

商品アイテムを厳選・集約し、今後は「豆腐加工の揚げ物に特化していく」と宣言。富岡食品にしかできない美味しさ品質を創造し、競合他社との差別化を図ることが目的でした。

平成26年7月
(2014年)
釜炊きいなりの量産化に成功

家庭の味の原点に戻ろうと、直火炊きいなり皮の製造にプロジェクトを組んで挑戦!機械メーカーの協力を得て試作を開始したものの、量産ラインの構築に悪戦苦闘。2年間テストを繰り返して念願の製品化を実現しました。味がしっかり染み込んだ釜炊きいなりは、大手スーパー惣菜売り場のロングセラー商品になっています。

平成26年7月
(2014年)
地元深谷の地にいなり寿司専門店をオープン

3年の構想を経て、アンテナショップ「富ばあちゃんのいなり本舗」を開店。定番商品のほか、カレーいなり、イタリアンいなりなど変わりいなりも商品化して話題に。テレビ番組にも複数回取り上げられ、大盛況となりました。富岡食品のいなりの美味しさを多くの方に知っていただく機会にもなりました。

令和元年
令和6年
(2024年)
創業100年(予定)

富岡食品は創業から100年の節目を迎えます。次の100年に向かって、従業員の幸せづくり、お客様に喜ばれる商品開発、地域貢献に力を注ぎ、愛される企業へ。

よりたくさんの人たちに
「美味しい」を届けるため
富岡食品は未来に向かいます。

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